大阪高等裁判所 昭和34年(う)254号 判決 1959年8月05日
被告人 鈴木香
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人は無罪。
理由
(弁護人の)控訴趣意第一点について。
論旨は、原判決は「被告人が昭和三十三年九月二十五日頃、姫路市今宿千三百五十七番地自動車修理業中塚忠男方において、擅に鉄板を矩形に切り、一面に白ペンキを塗り、更に緑色のペンキで兵い七一〇七と記載したものを作成し、即時同所で右のものを自己の軽自動車の後部に取付けた」との事実を認定し、これに刑法第百六十六条を適用したが、本件の如き軽自動車にあつては、一般自動車の場合のように自動車登録原簿に登録し(道路運送車両法第四条)陸運局長又はその代行者より自動車登録番号標の交付を受け、これを自動車に取付けて陸運局長の封印を受ける(同法第十一条第一項)という仕組にはなつておらず、軽自動車の場合は道路運送車両法第九十七条の三第一項同法施行規則第六十三条の二により、使用本拠地の陸運局長に届け出で車両番号の指定を受け、(但しこの陸運局長の権限は同法施行令第四条第二項により都道府県知事に委任せられている)同法第九十七条の三第二項において準用せられる同法第七十三条第一項により、この指定された車両番号を車両の後面の見易い所に表示すればよいのである。(もつともこの車両番号標の様式は前記施行規則の第十四号様式として一定せられている。)そして一般自動車の場合においても登録番号標を擅に作成取付けかつ封印をするときは、同法第百九条第一号により三万円以下の罰金に処せられることになつているだけで、刑法第百六十六条による体刑を受けることはないのであるから、本件の場合被告人の行為について強いて法律違反を責められるとしても、前記道路運送車両法第九十七条の三による届出をしないで軽自動車を運行の用に供したという点で同法第百十条により一万円以下の罰金に処せられることがありうるのみである。従つて原判決が本件について公務所の記号を偽造し、かつこれを行使したものとして、刑法第百六十六条を適用処断したのは法令の適用を誤つたもので破棄を免れないというのである。
よつて案ずるのに、原判決は被告人が昭和三十三年九月二十五日頃姫路市内において、行使の目的をもつてほしいままに鉄板を矩形に切り、一面に白ペンキを塗り更に緑色のペンキで兵い七一〇七と記載した上、即時これを真正のものとして自己の軽自動車の後部に取りつけた事実を認定し、右の所為は公務所の記号を偽造しかつこれを行使したものであるとして刑法第百六十六条第一項、第二項を適用したことは所論のとおりである。そして軽自動車及び小型二輪自動車以外の一般自動車は自動車登録原簿に登録を受けなければ運行の用に供することができず(道路運送車両法第四条)登録をしたときは陸運局長は所有者に自動車登録番号を通知し、(同法第十条)所有者は右通知を受けた当該番号を記載した自動車登録番号標を陸運局長又は特に指定を受けた自動車登録番号標交付代行者(同法第二十五条)より交付を受け、これを自動車に取りつけた上陸運局長の封印の取りつけを受けなければならない(同法第十一条第一項)ことになつているのに反し、軽自動車の場合は、同法第九十七条の三第一項、同法施行規則第六十三条の二により、その使用者は使用の本拠地を管轄する都道府県知事に(同法施行令第四条第二項によりこの場合陸運局長の権限が都道府県知事に委任せられている)軽自動車の届出をして知事から車両番号の指定を受けた上、同法第九十七条の三第二項によつて準用せられる同法第七十三条第一項に従い、右指定を受けた車両番号を記載した車両番号標(但しその様式は同法施行規則第六十三条の二第三項において第十四号様式として一定されている)を軽自動車の後面の見易い所に表示すれば、これを通行の用に供することができることも論旨所論のとおりである。してみると軽自動車の車両番号標は、(同法施行規則第六十三条の二第二項但書所定の試運転又は廻送等の場合における臨時運転番号標については別論である)一般自動車の自動車登録番号標のように陸運局長又は都道府県知事或いは特に指定を受けた自動車登録番号標交付代行者の如き特定の公の機関から交付されるものではなく又これを取りつけた後陸運局長等の封印の取りつけを受けなければならないものでもないから、車両番号の指定を受け所定の様式に従つたものである以上何人の手によつてこれを作製しかつ取りつけても何ら差支えないものといわなければならない。もつとも当審証人池田肇、同木下隆雄、同宮永三治の各証言によると、軽自動車の車両番号標も一般には同法第二十五条により指定を受けた自動車登録番号標交付代行者においてこれを作製し、軽自動車の所有者は都道府県知事から車両番号の指定を受けると同時に当該番号の車両番号標を右交付代行者から買い受けているのが常態であることが認められるけれども、これは単に便宜の取扱であつて現在においては、何ら法的根拠のあるものではなく、従つて車両番号の指定を受けた軽自動車の所有者が車両番号標を右の交付代行者から買わないで自らこれを作製しても何ら法規に違反するものでないことも右各証言によつて明らかに認められるところである。ところで刑法第百六十六条にいわゆる公務所の記号とは、公務所が或る一定の事項をなしたことを証するために、公務所が作製顕出した符号或いはその符号を顕出せしめる物体(印影に対する印顆に相当するもの)を指称するものであるところ、叙上の如く軽自動車の車両番号標は、車両番号の指定を受け所定の様式に従つたものである以上何人の手によつてこれを作製し、かつ取りつけても何ら差支えないものであつて、本来公務所が作製すべきものではないから、右にいわゆる公務所の記号ということはできない。従つてたとえ一般人が右の車両番号標を行使の目的をもつて作製しても、これをもつて公務所の記号を偽造したものということはできず、又これを車両に取りつけても偽造の公記号を使用(行使)したものといいえないことは勿論であつて、このことは道路運送車両法第九十八条が「何人も、行使の目的をもつて、自動車登録番号標、自動車の登録の検認票又は臨時運行許可番号標を偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造に係るこれらの物を使用してはならない。」と規定し、同条の規定に違反した者については同法第百六条において、三年以下の徴役若しくは十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨を規定しているのに反し、軽自動車の車両番号標については、何らそのような禁止規定や罰則の定めがないことからも十分うかがえるところである。そうすると原審が軽自動車の車両番号標をもつて公務所の記号であると解し、本件につき刑法第百六十六条第一項、第二項を適用したのは明らかに法令の適用を誤り罪とならない事実を罪としたものであるから、原判決はもとより破棄を免れない。論旨は理由がある。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判官 大西和夫 奥戸新三 石合茂四郎)